小林収さんへの追悼メッセージ
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「とてつもなく大きな喪失感
小林光代夫人の手紙
友人知人からの追悼メッセージ

とてつもなく大きな喪失感(発起人を代表して)
■梅田望夫(ミューズ・アソシエイツ社長、パシフィカファンド共同代表)

 小林収さんと僕の付き合いはそう長くない。
短い付き合いだったけれど、小林さんが亡くなってから、心に大きな穴があいたまま、今もぜんぜん塞がらない。突然の訃報から数ヶ月たった今も、ときどき僕は一人で泣いている。なぜだろう。こんなことは今までになかったのに。きっととてつもなく大きな喪失感というのは、こういうことを言うのかもしれないと思う。
 小林さんを語るには、僕はあまりにも小林さんのことを知らない。
 でも、ある人に出会い、そしてこれからこの人とは生涯かけてきちんと付き合っていこうと思うことなんて滅多にない、ということだけはよく知っている。小林さんは、僕にとって、そんな数少ない大切な人の一人だった。

 「これが今度日経ビジネスの編集長になる、官僚の小林。ワッハッハ」
 永野健二さんからこんな風に小林さんを紹介されたのは四年少し前のことだ。
 ジャーナリストとしての能力もさることながら、小林さんが持つ「経営者としての稀有の才能」を見抜きその能力を大切に組織内で育てていこうと考えていた永野さん(もちろん僕の勝手な想像)だからこそ、「官僚」という諧謔的な表現を使ったのだろう。
 それは、小林さんとしばらく一緒に仕事をしているうちによくわかった。
 総合判断力、統率力、人心掌握能力、用意周到さ、管理能力、長期的視点に立った物事の優先順位付け能力、それに卓抜した知性と見識、そしてさらにユーモアたっぷりの (皆さんご存知の) あの人柄を兼ね備えた小林収さんという人は、私たちの世代の日本人の中で、間違いなく超一流の人物だった。
 

 「小林さんの話し方は桂米朝に似ていますね」
あるとき僕が何気なく言ったとき、小林さんは、
 「それは、これまででいちばん嬉しい褒め言葉だなぁ」
とすごく喜んでくれた。
 桂米朝のCDを聞きながらシリコンバレーのハイウェイを走り小林さんとのこんなやり取りを思い出していたとき、ふと「小林収メモリアルサイト」を作ったらどうだろう、とそんなアイデアが浮かんだ。
 小林さんの仕事や足跡のかなりの部分をカバーするウェブサイトができれば、誰もが、どこからでも思い立ったときにいつでも(もちろん何年先だって)、小林さんにアクセスすることができる。
 「こんな素晴らしい人のこと、知ってた?」
と誰かに伝えたいと思ったら、URLをコピーしてメールで送ればいい。
 小林さんを知るたくさんの人が関与してちゃんと作れば、小林さんをよく知る人にとっても、きっと新しい発見があるに違いない。僕だってそんなサイトがあれば、隅から隅まで読んでみたい。

 五月に東京出張で戻ってきたとき、小林さんを愛してやまない人たちとの夕食会があった。日経の永野健二さん、バジリコの藤田俊一さん、中央公論の河野通和さん、新潮社の伊藤幸人さん、そして僕。
 「小林収メモリアルサイト? うん、それはいい、ぜひすぐにやろう」
 僕がこのアイデアを提案してから一分もたたないうちに、一気に話がまとまった。
 翌日、日経BPの山岸広太郎くん(ウェブサイト構築のプロ)と、日経ビジネス編集部の三橋英之さんにも声をかけて実務がスタートし、まずは第一弾として、今日のサイト・オープンに漕ぎつけることができた。
 「林周」というペンネーム(小林さんはとてもこの名前が気に入っていたそうです)で、小林さんが「フォーサイト」誌に寄稿された優に本一冊分以上の分量がある原稿も、新潮社のご好意で、コンテンツのデジタル化が完了し次第すべてこのサイトに掲載させていただけることになった(今回オープン時は代表作のみ)。その他にも、たくさんの方々のご協力をいただいた。末筆ながら、発起人を代表して、皆様方への感謝の気持ちをここで申し述べさせていただきたいと思う。



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