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「MJ部長のコラム」(日経MJメールマガジンより)2001.10.17 秋晴れの先週土曜日、劇団四季の新作ミュージカル「異国の丘」のプレビューを見てきました。年配の方ならすぐピンと来るように、テーマはシベリア抑留ですが、単なる反戦劇ではもちろんありません。 主人公は大戦時の日本国首相の子息、九重秀隆(実在のモデルは近衛文麿の息子、文隆)。彼は留学先のニューヨークで交戦国である中国高官の娘と恋に落ち、上海を舞台に日中和平の秘密交渉に身を投じます。そして、事破れた後、捕虜としてシベリアに11年抑留され、きょう帰国という当日に謎の死をとげます。ミュージカル自体の素晴らしさを論じるのは、専門家に任せましょう。 僕が改めて感じたのは、日本という国の外交力、つまり情勢を分析し彼我の関係を見据えたうえで大状況を動かしていく能力と意志の弱さです。それがために日中戦争は泥沼化し、勝てるはずのない米国との全面戦争に突入し、最後はソ連の蹂躙まで許しました。故司馬遼太郎氏は戦前の日本軍について「下士官1流、佐官2流、参謀と将軍はほとんど3流」と総括していますが、まさにその通りだった結果です。 戦後の日本で、リーダー層の脆弱さという病は根絶したのでしょうか。とてもそうは思えません。「失われた10年」を招いた政治家・官僚もそうですが、民間企業のトップを見ても、危機感、構想力、行動力いずれも十分とはいえない人物が少なくないのが現状です。現場の"下士官"が必死に局地戦で努力しても、将官の描くグランドデザインと出す指令が曖昧模糊では、戦争に勝てっこないでしょう。 構造改革という名の生き残り戦の中で、日本企業はまた「異国の丘」を作りつつあるのではないか。そんな感想を持って、四季劇場をあとにしました。 このサイト上の各コンテンツの著作権は小林収メモリアルサイト制作グループもしくは、このサイトにコンテンツを提供していただいた各企業、各寄稿者に帰属します。無断転載はお断りいたします。 このサイトに関するお問い合わせはinfo@kobayashiosamu.net までお願いいたします。 |