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「とてつもなく大きな喪失感
小林光代夫人の手紙
友人知人からの追悼メッセージ

ブログの中のうじ虫
■阿部重夫(『選択』編集長)
この文章は朝日新聞「be」2002年5月11日号に掲載されたものです。

年下の友を失った。京都弁で色白。入院4カ月で急逝したが、遺影の笑顔をふり仰いで、『銀河鉄道の夜』のように問いかけたくなった。


 「カムパネルラ、君は前からここにいたの?」

 この悲しい響きの少年の名を、宮沢賢治はどこから引っぱってきたのだろう。

 同じ名がある。16世紀末の南イタリアで予言者と称して蜂起、敗れて獄中で26年を過ごした異端の神父カンパネッラである。1616年、ガリレオの地動説が教会に抑圧されたとき、獄中で敢然と擁護論を書きあげた。

 今から見ると奇妙な弁護である。ガリレオと違い、数学も天体観察もない。教会が天動説の論拠としたトマス・アキナスを逆手に取り、その神学を使ってガリレオの説が神慮にかなうことを証明しようとした。なぜこんな詭弁(きべん)が可能だったのか。


 序に「チーズの中のうじ虫」という比喩(ひゆ)が見える。発酵するチーズの海にわき、ただうごめくだけの幼虫に、人間の無知をたとえたものだ。

 同じ比喩を公言して火あぶりにあった男がいる。ベネチア近郊の粉挽(ひ)き屋で、カンパネッラ神父の投獄に先立ち、「神や天使は宇宙のチーズからうじ虫のように生まれてきた」と人前で口走って、異端審問にかけられた。

 これは恐らくキリスト教以前の土俗的宇宙観――禽獣(きんじゅう)草木に万神が宿るというアニミズムがしぶとく生きていた証拠だろう。神殿の裏には地霊が住む。ガリレオを受容できたのはむしろ「チーズのうじ虫」が体現する土俗の宇宙観であり、教会の同心円状の宇宙観ではなかったのだ。

 同じ構図が400年を経て、テクノロジーの宇宙にも出現している。

 インターネット人種が最近使う「ブログ」という新語をご存じだろうか。「ウェブログ」の短縮形だ。米『ワイアード』誌オンライン版によると、「ウェブ上の興味深いコンテンツへのリンクとその批評を記した、定期更新されているリスト」のことだそうだ。

 それが他人も書き込み可能な個人公開日記に化け、私語がさざめく銀河系になろうとしている。

 すでにヤフーや「2ちゃんねる」など、公式サイトの電子掲示板で、落書き的文章から噂(うわさ)、中傷までもが飛び交っている。そこを飛び出して自前の日記サイトを開き、リンクをはって「ブロガー」となる素地はできていた。

 米国では専用ソフトも用意され、50万を超すサイトが群生しているという。多くはたわいない私語だが、そこには自他の別がない。その行儀の悪さを毛嫌いする人は、ブログの流言飛語を「風評」と見下す。詮(せん)ないことだ。彼らはシンカー(思考の人)というより、リンカー(リンクを張る人)なのだから。

 噂は千里を走る。辻元清美前代議士の秘書名義貸し疑惑で、いち早く指南役を名指ししたのはブログ情報だった。120万部も売れた「世界がもし100人の村だったら」もブログの銀河系から生まれたに違いない。「不幸の手紙」のように、メールで跡づけられないのはそのためだ。

 ただ、無断拝借すると火傷しかねない。電子掲示板に載った他人の日記を自作に無断転載、著作権侵害を認めて謝罪し改稿を約束した作家、田口ランディのように。

 ブログはプライバシーや知的所有権といった概念とは相容れない。近代経済社会を構成する「個人」と「法人」を前提とした同心円は、私語のブラックホールを埋められないのだ。チーズのうじ虫が天動説の神学を覆したように、ブログのうじ虫も資本主義の神学を食い破りかねない。

 資本主義の一端にすぎない商業マスメディアもその累を免れない。米国では、ライターと「ブロガー」の兼業まで登場した。広告収入減に苦しむ新聞などの公式サイトを尻目に、人気ブロガーのサイトは一日数十万のヒットを誇る。ブログでは奇説珍説が尊ばれるから、リベラルより「極右」に人気が集まる。「インターネットが民主主義の味方」なんて嘘(うそ)っぱちなのだ。

 ああ、わがカンパネッラ。君ならこれをどう考える?


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